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2020年6月12日 (金)

北海道旅行を振り返る

初めて北海道を訪問したのは約50年前の1971年の8月。 日時は正確には覚えてなく記録もほとんど残っていないけど写真の何枚かと移動の手段と宿泊場所などの記憶をもとに考えてみた。
とは言っても資料は必要なので1971年8月の時刻表を入手しそれを確認しながら当時の写真と就職してから訪問した時の写真を比較したり補足したりしてみた。
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当時は中学生で当然のことながら運転免許もなく飛行機というのは現実的でなく利用したのは国鉄の北海道周遊券。東京発で北海道までの往復と北海道内の乗り放題で6,800円で16日間有効で急行列車の自由席なら追加料金なしで利用できるものであった。
訪問地(宿泊地)は美幌と根室の2か所で残りは夜行列車(座席)で長距離の急行や夜行列車が走っていた時代でもあるので乗った列車は次の7
1)上野→青森
2)函館→札幌
3)札幌→美幌
4)美幌→釧路
5)釧路→根室
6)根室→函館
7)青森→上野
この7本に青函連絡船の往復です。根室発で函館行きというロングランの急行列車があったのにはびっくりし、函館から札幌の急行列車も途中下車で実際は函館発の稚内行でした。 では実際の行程などと当時の写真や今の写真を織り交ぜていこうと思います。
出発は上野駅で急行の自由席のみの利用で指定席や寝台は利用できないので上野駅で自由席をゲットするために上野駅の改札前に並んだ。 改札の前には列車ごとの札が下がりその前から2列で並んでいる。 その場所の写真はないが近年に撮影したのはある。
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乗るのは急行八甲田で、上野(19:00)→(6:15)青森。当然の事ながら青函トンネルの開通はなく青函連絡船で移動するが、これもじゅうたんの座席の良いエリアを確保するために走る。 青森駅からは通常の改札のほかに連絡船への通路があり、そこを撮影したのがこの写真。 跨線橋を通り右手の方に行くと連絡船がある。
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連絡船は、青森港(7:15)→(11:00)函館港。連絡船で朝食を食べデッキに出て写真などを撮影した。 その中の1枚はこれ。
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後ろの煙突の所にかすかに国鉄であるJNRのJの字が少し見える。後にメモリアルシップとして展示されている同じように見える煙突の写真があったので貼っておきます。
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函館からは札幌に向かってさらに急行で移動するが、連絡船から函館駅までは連絡通路を走り急行の自由席を確保する必要がある。その道筋は函館山から撮影した写真で良くわかる。連絡船も展示のために係留されている。
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函館から札幌は急行を利用するが、その急行は函館発稚内行きの急行宗谷。 函館(11:55)→(16:46)札幌着で急行列車はそのまま稚内に向かい到着は23:10分。 約12時間の長距離の急行列車が走っていたのですね。
札幌観光をすればよいけど宿泊代は節約するために北海道内の夜行列車で移動するので短時間で北大のみを観光した。北大といえばクラーク象で撮影した写真はこれ。
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今のクラーク象の周りは木々がきちんと整理して昔よりさっぱりしている気がします。
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クラーク象の前で記念撮影した後はすぐ後ろの古川講堂の前でも記念撮影をしていた。
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入り口の前には小さな木が数本映えていて周りはすっきりとしているが、最近撮影した写真はこれでだいぶ木が大きくなっているようだ。
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札幌からは急行大雪6号の北見行に乗る。この急行は北見からそのまま普通の網走行になるのが時刻表で確認できた。札幌(22:15)→(5:43)北見で、北見(6:12)→普通→(6:57)女満別となる。この列車の早朝の写真が残っていて急行から普通に変わる北見かと思っていましたが、スイッチバックする遠軽の駅でディーゼル機関車からSLにけん引が変えていたのではないかと推測します。
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美幌に到着した後はおじさんに迎えに来てもらい都橋のおじさんの家に。この日と次の日の日程がはっきりしないが美幌駅前からの観光バスであちこちに行ったみたいで写真は何枚か残っていた。順番に紹介すると最初は美幌峠での写真。
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昨年の秋にも同じ場所にいったけど木製のポールはあったけど大きさはかなり違い場所も違うみたいですね。
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次に残っている写真は私は写っていないけど阿寒湖の湖畔で撮影したと思われる写真。
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阿寒湖のどのあたりで撮影したのかはわからないけど観光バスはメインの遊覧船の発着場の近くだろうと推定して同じような場所で撮影した写真を探してみた。
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そして阿寒湖と撮影したと考えられる写真が残っていて、阿寒湖のお土産屋さんで仮装して撮影した気がします。
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どういう観光ルートだったのかはわからないけど写真のネガの順番ではこの写真が残されていた。
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どこかの展望台での撮影ですが記憶にはなくその後の写真との推定では大雪山黒岳の展望台のような気がするけど。同じような写真を探してみたが、これくらいしかなかった。
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大雪山の黒岳と推定したのはネガの順番で層雲峡ではないかと思う写真があるからなのです。
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柱状節理と滝の様な流れから層雲峡の柱状節理ではないかと思えるわけで、銀河の滝の様にみえるけど実際の滝は川の向こう側でかなり遠い。新しく撮影したのはこういう感じ。
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どうも距離感が違うのでGoogleさんの地図でよく見ると流星の滝と銀河の滝の駐車場は国道から分かれていて、国道はバイパスとして作られ昔はこの駐車場から川に沿った道路になっていたので、そこの途中で撮影したものかも知れない。
この観光バスでの旅でもう一枚写真があり、全くどこなのかが推定できない。
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山の上の方の岩場でかなり高い場所のようで層雲峡の黒岳ロープウェイの上なのかとも思ったが順番としては展望台→柱状節理→その次に岩場なので別の場所のような気がします。
観光バスのルートは1日で回ったものなのか、1日は阿寒湖周辺の湖を回り、次の日に層雲峡方面に行ったのかは覚えていませんが、摩周湖などの写真がないので阿寒湖と層雲峡みたいなコースがあったのかもしれません。
次の日は列車での大移動の記憶があり、朝の早い時間に美幌駅から乗って根室までの移動。 何回も乗り換えた記憶がないので当時の時刻表で推定すると、北見発で釧路行きの急行列車(しれとこ2号)があるのがわかり、これに乗ったと推定。
美幌(8:09)→網走(8:37)→(11:50)釧路の約4時間の急行列車。 網走は時間を書いたけど乗り換えはなく直通でした。 釧路からは根室までの普通列車で移動で、釧路(12:30)→(15:29)根室で約3時間かかっている。 今だと普通で2時間半くらいの時間で行けるが技術の進歩でスピードアップしたのではなく1日の本数が減ってすれ違いなどでの時間待ちがなくなっているのではと推定。
時刻表だと急行列車もたくさん走っていて、普通列車は時間待ちが多かったのではと推定。
根室に到着した時の写真はないので駅で撮影した写真はこれ。
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根室では、根室高校の公宅に宿泊。というのもおじさんが根室高校の事務で勤めていて宿泊のお世話になっている。
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根室で観光した場所の写真はなく、当然の事ながら納沙布岬は行っているような気がするし、厚岸の牡蠣島を見に行ったような記憶が少しあるという事で、納沙布岬の写真を。
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一泊か二泊お世話になった後は帰路に就く。乗り換えをなるべく少なくしてうんざりするほど列車に乗った記憶があるので、それに沿って当時の時刻表を眺めるとぴったりの列車があった。 なんと根室始発で函館行きの急行列車のニセコ3号で、始発の根室から函館までほぼ1日乗っていて途中の時間を加えて示すと、根室(9:00)→釧路(11:20)→帯広(13:34)→新得(14:24)→富良野(15:37)→滝川(16:34)→札幌(17:50)→小樽(18:32)→長万部(21:17)→森(22:14)→(23:08)函館。なんと14時間のロングランの急行で新得から富良野に向かっているのは今の狩勝峠を超える路線がなく石勝線は1981年の開通との事です。
帯広は通過ですが仕事で住んだと言ってよいくらいの帯広には1971年に初めて訪問したことになりますね!というわけで当時に乗った列車が走ったかもしれないレールがモニュメントで残っている帯広駅を紹介。
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説明板では初めてレールが敷かれた場所にとなっているけど、いまだに単線なのでここを通ったかも知れませんね。ホームでは上下線が分かれるのでちょっとずれるかも。
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函館では青函連絡船で青森に向かうのですが乗り換えは深夜で真っ暗だったはずですが、このような橋で船に乗ったにちがいない。
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船は函館(0:20)→(4:10)青森でほとんど寝ていたようで、青森では十和田51号の臨時急行に乗り継いで上野に向かったはず。
青森(4:30)→(16:40)上野着で、根室を朝の9時に出てから翌日の16時半くらいまで乗り継いでいて、なんと31時間半以上の移動になっています。
ちなみに今だと飛行機やバスの利用で検索すると、根室(11:54)→根室標茶空港(14:40)→ANA378→(16:30)羽田空港→(17:41)上野と3時間遅く出てまるまる1日早く1分違いで上野に到着するという偶然!
でも昔の国鉄の北海道では、函館⇔稚内とか、根室⇒函館、函館⇔網走など長距離の急行や特急が走っていて、そういう旅をもう一度してみたいと思いました。 せっかく当時の時刻表が手に入ったので、仮想旅行として当時の国鉄を利用した北海道一周の仮想旅などを計画してみようかと思います。

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