2019年4月 7日 (日)

3月の奈良旅行の報告:Day-3

奈良旅行の最終日は西ノ京地区と混雑していたり制限されていたりした所を見る予定。最終日はホテルをチェックアウトし
荷物を預けて観光するのが通例ですが、Mさんのご厚意でレイトチェックアウトで出発する午後4時頃まで部屋が使えると
いう幸運で、身軽に観光しホテルの部屋で荷造りすればよいので最高!
今日は1日奈良駅付近のエリアなのでバス乗り放題の1日券(500円)を購入。 最初は西ノ京エリアで平城京跡は初日に
観光したので少し離れた唐招提寺と薬師寺をまず参拝する。
ホテルを出て駅前のバス停からバスに乗れば唐招提寺の入り口まで乗り換えもしないで行けるのは便利でフリーパス券で
支払いも面倒ではなくイイネ! 唐招提寺の入り口は南大門で、こういう雰囲気になっていてここで拝観料を払う。
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この門は復元された物なので重文や国宝ではありませんが、入ると正面に国宝の金堂がさっそくお出迎え。
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金堂の中は撮影禁止ですが中に入るのは国宝の千手観音菩薩を拝観するためで、あちこちのお寺などでもも千手観音はある
が、ここ唐招提寺の千手観音は本当に1000本の手があると言われていて、実際には953本らしいですが見ると圧倒される。
拝観を終えて外に出て確認するのは屋根の上。 井上靖の「天平の甍」という唐招提寺を描いた小説のタイトルとなって
いる「天平の甍」を撮影。 実態は屋根の上の「鳩尾(しび)」の事で、国宝に指定されている。

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金堂の後ろにはこれも国宝に指定されている講堂がある。平城京から移築された建物で、その後の鎌倉時代にも改修されて
いるが、平城京時代の宮殿建築様式を残している現存する唯一の建物で開放感が高い建物。
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中には弥勒菩薩が安置されていると思いましたが資料によると弥勒如来と位がひとつ高くなるような様式になっているよう
です。金堂・講堂の東側には校倉造の建物は宝蔵と経蔵で両方ともに奈良時代(8世紀)の建物で両方ともに国宝に指定
されている。 この写真の手前にある宝蔵は日本最古の校倉と言われています。
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そして講堂の東北のエリアは森になっていて、そこに続く道はいい雰囲気の道であり、塀も瓦を使った土塀で高く育った
杉の木の間からの木漏れ日がまたいい雰囲気を出している。
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そして塀のとぎれたところから左側には開山御廟がある。写真はそこに続く道で、唐招提寺は鑑真和上が開山したお寺で
その御廟があり、少し奥まった所にあるのでとても静かでした。
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唐招提寺の参拝を終え次は同じエリアの薬師寺。歩いても行ける距離なのでゆっくりと歩いて向かう。薬師寺は北側の
玄奘三蔵院伽藍のエリアと白鳳伽藍のエリアに分かれていて有名な塔があるのは白鳳伽藍のエリアでまずはこちらを拝観
することにする。 入り口は興楽門でこの左で拝観料を払って中に入る。
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薬師寺の一番の見どころは東塔と西塔ですが東塔は来年まで補修中で、他にも金堂に東院堂に大講堂など見どころも多い。
その中でひときわ立派な建物がこの金堂。 新しく見えますが昭和51年に再建されたもので建物は新しいが中に安置されて
いる薬師三尊像が国宝に指定されている。
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回廊も歩いてみたが丸い柱が並んでいる様子は幾何学的でありとても安心できる。
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そして回廊の外側には国宝の東院堂がある。この建物は奈良時代に建てられたものが焼失し鎌倉時代に再建されたもので
その時に位置が変わっレいるとの事です。
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そして薬師寺のメインは塔ですが、東塔は修復中なので西棟のみになってしまったが上部に行くほど小さくなっているので
より高さを感じる。
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そして2003年に再建された大講堂は建物は新しいですが本尊として弥勒三尊像(重要文化財)や仏足石が安置されています。
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そして玄奘三蔵院伽藍のエリアに行き、礼門を入ると玄奘三蔵院があるが、まずは立派な礼門を撮影。
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そして孫悟空で有名な経典を求めて旅をした玄奘三蔵の遺骨を祭っているお堂は法隆寺の夢殿と同じような八角形の建物。
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西の京地区を一通り見てお昼近くになったので近鉄西ノ京駅あたりで食べてから戻るつもりで駅前まで出たがあまりお店は
なさそう。バスは奈良駅周辺とは違い本数も少なくちょうど来るタイミングだったのでバスで移動してから食べる事にする
タイミングよく来たバスは春日大社奥宮行のバスで東大寺の所まで乗って降りる。東大寺の周辺でどこかで食べようかと
回りを見るとちょうど相手そうなお店があったので入る。
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手巻き寿司の変形のようなメニューで、外国の方も多く訪問するようで英語での食べ方の解説も書かれていた。
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昼食後は初日に混んでいて入らなかった東大寺に行く。 この日も天気が回復した土曜日なので南大門付近の人出は多い。
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南大門をくぐり東大寺ミュージアムと共通の拝観券を購入しまずは中門を目指して進む。この頃は天気もかなり良くなり
いい感じの空の色と門を撮影できた。
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大仏殿はこの門からは入れず左側から入る。入った所からは大きな大仏様を収めた大仏殿の全景が見える。
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そして正面からの道を進み大仏殿に入る前に、お正月とお盆だけまどが開き大仏様のお顔が外から眺められるとい窓が見え
ていてそこをアップで撮影。
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大仏殿の中には国宝の不空羂索観音立像があり、有名な大仏様の鼻の穴と同じ大きさの穴のあいた柱などを見て東大寺は
終了し奈良公園に戻る。 奈良公園は相変わらず鹿が多くなかでもこの子はこっちを見て鹿せんべいが欲しそうにポーズ
を取っていたのでせんべいはあげないけど写真を撮影しせてもらった。
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最後は春日大社。初日にも行きましたが回廊と中門の所は行事が行われていて入れなかったので再訪。 この日は行事も
なく拝観料を払って入る。 回廊は沢山の釣燈籠が下がり一種独特の雰囲気。
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燈籠は金色の物とこのような銅色のが並んでいところもある
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そして燈籠と言えば明かりが入っているのも見たいところですが、一部は暗くなっているエリアがあり、そこでは暗い中を
明かりが灯っているのを見ることができる。
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そして中門はこれでここから本殿を見てお参りする。
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これで予定していた奈良旅行のひと通りの見どころは終了しホテルに戻る。 駅前の観光案内所も特徴のある建物でいい
雰囲気だったのでちょうど人も途絶えたので撮影。
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ホテルに戻りラウンジでコーヒーを飲み一休みした後に部屋に戻り荷造りをしつつ一休み。帰りは伊丹空港までの直通バス
で行くが駅前のバス停まではすぐなので時間ちょっと前にバス停に行き伊丹空港まで移動。バス停には行先が色々出ていて
本厚木とか横浜YCATとかもあり、そのバスに乗れば寝ている内に到着するのにびっくり。飛行機の方が早いけど。
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空港で夕食をとって搭乗する予定で探したが意外と少なく入れそうなところに入って海鮮丼らしきのを食べる。お店は普通
ですが調理をしている人の姿を見ると食欲も減退するね。
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帰りの便も予定通りの出発のようですが、伊丹⇔羽田はビジネス路線なので優先搭乗も2回に分けて搭乗。
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搭乗後はちょうど夜景の時間帯になったので離陸風景を動画で撮影。 最初はいい感じで撮影でき、ターンした時に一瞬
ピントがずれてしまうがターンした後にまたピントが合い、大阪の夜景を堪能した。


羽田空港到着時、ベルト着用サインが消えて降機に準備をしていると、いきなり機長のアナウンスが流れもしかして定年で
「最後のフライトです」というようなアナウンスかと思ったが、ごく普通のアナウンスだった。
空港であちこち歩くので荷物を預けていたが、ビジネス客はほとんど持ち込みであり優先で出てくるので3番目くらいに
出て来た荷物をピックアップし、クルマで来ていたので駐車場連絡口という事で搭乗のロビーに行くとすでに出発便は全て
終わっているので閑散とした感じ。
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後は駐車場においた車で一気に自宅まで戻る。 この日も意外と歩き本日の歩数は21,817歩!

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2019年4月 6日 (土)

3月の奈良旅行の報告:Day-2

奈良旅行の2日目は奈良に滞在しての観光の日でホテルから出てホテルへ戻って来るというスケジュールになっているため
少しハードに活動できる日で奈良市内ではなく少し足を伸ばしAMは斑鳩地区でPMは『鉄』活動の計画。
朝食はバイキング形式でごく普通のメニューと郷土料理のメニューがあったが、郷土料理の方はそこそこ混んでいたので
サラダにコーヒーにフレンチトーストで素早く済ませる。
部屋に戻り支度をしてロビーに行くと知り合いのMさんとお会いする事ができ、近況報告をして様々な事をお互いに話し
しばし時間を忘れる。 Mさんも仕事があるのでまた再会することを約束しホテルを後にする。

斑鳩地区に行くにはフリーエリアが拡大しているバスの1日券(1000円)で行く方法もあるが、往復にしか使いそうもない
のと、バスよりJRの方が早いしPMの行動を考えてもJRなので関西本線で奈良駅から法隆寺駅まで移動する。
法隆寺の駅は斑鳩の里にふさわしい様に寺社建築のような外観をしている。
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法隆寺の駅から法隆寺までは少し距離があり歩けるしバスでもいける。 出る時にMさんとお話ししたおかげでJRが2本
くらい遅くなったために、なんと始発のバスに丁度というGoodタイミング!
法隆寺の参道を少し戻るような感じで撮影したのがこの写真で、この位置からだと五重の塔はまだ見えない。
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奥に見えているのは南大門でこの門を入るといよいよ法隆寺の境内になる。
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南大門をくぐると中門に向かう道路があり、左右の塀の奥は社務所とか〇〇院と名がついた法隆寺のお坊さんの生活などに
密接した施設がある。 五重の塔も見えてきていい雰囲気の写真が撮れると前を歩いていた人が見えなくなるまで少し待っ
ていたら、向うからお坊さんが歩いてきて更に雰囲気がいい写真。
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中門は飛鳥建築様式の立派な門で国宝に指定されていて、門自体は通ることが出来ず、左側から入ることができるが色々な
建物の中を拝観できる共通券(1500円)を購入する。
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廻廊の所からは世界最古の木造建築である国宝の五十の塔が見える。 奈良駅の近くはすごく混んでいたけど少し離れた斑鳩
地区であり平日でもあるので人は少な目で、人がほとんど気にならない写真を撮影する事ができた。
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そして五重の塔の隣にはこれもまた国宝の金堂がある。金堂の全体像は後で紹介するとして金堂の一番の見どころは柱に
からみつく木彫りの龍である。 江戸時代に付け加えられたという話です。
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五重の塔と金堂の奥には大講堂があり、この建物もまた国宝に指定されていて、一度は火災で焼失しますが再建されたのが
もう1000年以上も前の990年で中にはこれも国宝の薬師三尊像や重要文化財の像が安置されている。
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そして横から金堂を斜めからとらえその向こうに五重の塔というアングルの写真。この写真でもわかる通り人が少ない!
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そして金堂の正面から写した写真がこれで、手前の囲まれている部分は平たい石があり、説明書きもあるようだが、綺麗に
なっている砂利に入ってよいのかがわからず写真だけ。
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ここを十分に堪能した後に食堂と書いて「じきどう」と読む建物の正面にある大宝蔵院の収蔵物をじっくり鑑賞。ここの
収蔵物で一番の有名な物は玉虫厨子。推古天皇のご所持の飛鳥時代のもので教科書にも載っていたかも知れない。ただ、
ここも当然のように写真撮影禁止なので文章だけ。 これで西側のエリアの西院は終了し、東院に向かう。 東院のメイン
は夢殿で、その手前には四脚門があり、その門から少し夢殿が見えるようなショットを。
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そして聖徳太子が住んでいたとされる斑鳩宮の後に建てられたと言われる八角形の建物の夢殿。
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そして夢殿の中には入れないけど窓から中の救世観音菩薩を拝むことができる。しっかりと見た後は斑鳩地区の観光と言う
三塔めぐりをする。 三塔とは法輪寺の三重塔と法起寺の三重の塔の3っつを指す。
法隆寺から斑鳩の民家の間を歩き法輪寺に行く。 山門の前からすでに塔が見えている。
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拝観料を支払中でもう一度三重の塔を眺める。この三重の塔は落雷により焼失し近年に再建された物です。
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そしてさらに歩いて法起寺に行く。 このお寺の三重の塔は当時の物が残っていて聖徳大師の子供が建立したと言われている
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他にもお寺や神社など見るべきところはいろいろあるけど午後の行程も長いので駅に戻り次に移動する事にする。法隆寺駅
に戻り関西本線で奈良駅を通り過ぎ京都府の木津川市の加茂駅まで行く。ここからは長距離を歩く予定で途中はお店などは
無いと思うので昼には早いが昼食の店を探しうどんと寿司を食べる。
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この京都府の場所から県境を通り過ぎて奈良まで約13kmをウォーキングする計画。このウォーキングは『鉄の遺跡』を
巡る旅で、明治31年に開業し9年しか営業していなかった大佛鉄道の痕跡を探して奈良まで戻る計画。
JR関西本線の3駅分であるが関西本線はぐるっと曲がっているのが大佛鉄道は直線に近い形で東大寺近くの大佛駅を終点
としていた。 最初は加茂駅のすぐ横にあるランプ小屋。 煉瓦造りの建物で現在は倉庫として使われているよう。
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最初は関西本線に沿って進み小学校の通学路の途中に貴婦人の愛称がついているC57の静態保存がある。これは大佛鉄道
ではなく関西本線で使われていたものですが、「鉄の遺跡」という事で撮影するが周りが狭くちょっと厳しいアングルでは
あるけどちゃんと屋根があり綺麗に保存されているので◎!
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ここからしばらくは関西本線の沿って路線があったが道として残っていないので少し迂回し観音寺橋台にたどり着く。この
橋台の向う側は関西本線の物で現役ですが、手前の石積みのものが大佛鉄道の物で橋脚のみ残っている。
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ここからは関西本線とわかれ大佛鉄道の廃線跡が道路に変わっているのをおおよそたどっていく。少し歩くと観音寺小橋台
にたどり着く。 石積みにしなくてもよさそうな高さの橋台の跡。
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里山のなだらかな道は緩やかな曲線でかつての線路の線形を思わせるような道が続く。
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次にたどり着いたのは鹿背山橋台。 小さな川か用水路の流れを妨げないように橋を架けているが土管とかを埋めて土で
埋めてもよさそうなくらいの幅ですが、立派な石積みの橋台が残されています。
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さらに進むと梶ヶ谷隧道にたどり着く。 下半分は石積みで上のアーチ部分は煉瓦積のトンネルで中を通ることができる。
このトンネルはここを大佛鉄道がとおっていたわけでなく、この上が線路で人の往来のために作られたトンネルです。
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すぐ近くには当時の様子が想像できるような赤橋がある。 角の部分は石積みで補強された煉瓦造りの橋脚で下の道路は
今でも普通に車などの通行があり、この上も舗装道路になりかなりの交通量があります。
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いちど丘を下りさらに丘を登り約2kmくらい歩くと松谷川隧道に着く。この隧道は通れないようにフェンスがありました
がトンネルの煉瓦は綺麗に積まれたまま残っていて、上は大きな片側2車線の道路が走っています。
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そして痕跡が残っている最後は鹿川隧道で石積みのこの隧道は農業用の用水路を通すためのもので、今でも用水路は沢山の
水が流れていて付近の田圃などに水を供給している。
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小高い丘を越えればもう奈良の市街地はすぐのところで、痕跡は残っていませんがこの道路のこの場所は大佛鉄道その物が
通過する黒神山隧道があったとの事ですが、道路拡張の時に取り壊されてしまったそうです。
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本当の最後は奈良市内の佐保川の近くで大佛鉄道の当時の終着駅であった大佛駅跡で大佛鉄道記念公園には機関車の動輪が
モニュメントとして飾られているが説明書きにもこの動輪が大佛鉄道の物かどうかは書かれていませんでした。
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知り合いのMさんから「佐保川には河津桜が咲いている」との話を聞いていたので川沿いを少し散歩。規模は小さいが提灯
もあり満開で天気が良ければたくさんの人が散歩していたような気がするね。
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かなり歩いたので近くだけどホテルまではバスに乗って移動。この日はたくさん歩いて疲れることを予想してホテルの和食
レストランの「よしの」を予約していて部屋で休憩した後に食事に行く。 とても美味しかったので写真で全部紹介。
最初は前菜でウニが少しのっている
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そして先付けはには桜の蕾があしらわれている
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ハマグリの土瓶蒸しが続き
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刺身はエビがとても美味しかった
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小鍋は見た目はシンプルだけど出汁が効いていて美味しかった
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揚げ物は春を感じるタラの芽の天ぷらがほろ苦で美味しい。 昔はえぐくて食べられなかったが今は好きな部類
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酢の物は酢がきつくなく美味しい
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お食事は茶飯に奈良漬けとみそ汁
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デザートはアイスクリームにフルーツに緑茶
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今日はいいものを見て、たくさん歩いて美味しいものを食べて満足の1日だった。 本日の歩数は34,976歩!

 

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2019年4月 4日 (木)

3月の奈良旅行の報告:Day-1

旅行が趣味なので毎月どこかに出かけています。3月は21日の春分の日がお休みになり22日を有給休暇とすれば土日を
つなげて4連休になるので、この中の3日間を使い奈良へ旅行してきました。
目的はいくつかあります。
 ・東おおさか線が3/16に全線開通したのでこれに乗る
 ・知り合いの方が奈良に転勤になってので会いに行く
 ・早めに咲くなら桜と古都の写真を撮影
最初の2つは達成できましたが最後のは少し早かったですね。 早めの1月に予約すれば色々お得な事もあるので天候は運
に従うしかなく、これはまぁ仕方がなく、あまり天気に影響されない寺社巡りなどを楽しんできました。
3日間フルに動いたので3回に分けての報告です。

関東からの奈良旅行は新幹線で京都まで行き、JR奈良線で奈良に入るというのが通常のルートですが目的の一つである東
おおさか線に乗るというのとトータルのコストを考えて、自宅⇒羽田⇒伊丹⇒奈良とした。
JALのダイナミックPKGだと宿泊をプラスしてお得な料金になるし予約も早くできて便利ですが、移動のフライト毎に
料金が変わる。 羽田発が6時半という早い時間の便を選ぶと安くさらに滞在時間も長くなるが自宅から羽田まで公共交通
機関では無理なので車で羽田空港まで行き空港駐車場に置く事になっている。
余裕を見て少し早めに出たので到着したのはかなり早い時間となり案内板もまだサービス時間外。
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セキュリティも準備中でしたが別の入り口はすでに開いていたのでJALラウンジで搭乗時間近くまで休憩。 少し前に
ラウンジを出て朝食のおにぎりを買い搭乗口へ。
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特にアナウンスも出ていないので順調に飛んでしっかりと観光できそうで良かった。 機内に乗り込み離陸動画の準備をし
ているとラグビーワールドカップの特別塗装機がいたので全身ではないけど撮影。
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さらにA滑走路に向かって誘導路を進んでいるときにSKYMARKのFightersジェットがいたので撮影。
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こっちはスターボードサイドなので搭乗口はついていないので後ろのJALはいるがまぁ良しとしよう。 A滑走路の離陸
は意外と綺麗な地上風景が見られるが、この日は雨模様で離陸してすぐ雲に入ってしまったのでいい動画ではないがいち
おう撮影したのをリンクします。

羽田⇒伊丹は時間が短く朝ごはんのおにぎりを先に食べ機内サービスのドリンクで喉を潤している内に着陸のためのシート
ベルト着用サインが点灯し、ドリンクのカップの回収時間もないようだ。 雲を抜け地上風景が見えてきた場所はちょうど
奈良市の上空当たりで平城京らしい広場が見て、このあたりから着陸するまでの動画を撮影。

 

しかし、伊丹空港はほんとうに街中にあるので落下物とか事故の時は悲惨だろうね。着陸してスポットインの直前にJ-AIRの
特別塗装が駐機していたので、これも全身でないけど撮影。
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伊丹空港から奈良へは大きくJR利用と近鉄利用とリムジンバスの利用の3通りある。楽なのはリムジンバスですが今回は
「おおさか東線」の開通直後という事もあり、モノレールで千里中央から地下鉄に乗り換え新大阪からおおさか東線の全線
を乗りつぶしていくことにする。 乗る列車は開通してまだ一週間なので窓にお祝いの文字ステッカーが出ていた。
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奈良までの快速の直通もあるが各駅停車の久宝寺止まりにのり久宝寺の終点で乗って来た車両を撮影。 関東ではもう見る
事がない懐かしい車両。
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この写真を撮影しているうちにホームの反対に大和路快速が来て乗り換えも容易でほどなく奈良に到着。今回の宿泊は日航
奈良に2泊するのでJRの奈良駅直結のホテルなので来るときはJRが便利でした。 まずは荷物をホテルに預け知人の
スケジュールを確認してから観光に出かける。 まずは駅前の観光協会でパンフレットなどを仕入れた後にバスの1日券
(500円)を購入し奈良公園に向かう。 奈良公園で桜と神の使いの鹿を写真に収めようかと思ったが、まだ桜は早く梅と
鹿になってしまった。
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奈良公園のエリアには春日大社・東大寺・興福寺と参拝する場所があり、最初に春日大社にお参りに行く事にする。
春日大社は近くにある平城京に遷都した頃である1300年前に建立されて神社でこの神社に神様が来た時に白い鹿に乗って
来たという伝説があるので、奈良公園の鹿は神様の使いという事で保護されていて春日大社にもたくさんいる。
参道を進み春日大社神苑万葉植物園で少し右に曲がった所から分岐するのが「内侍道」です。
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この古い道は春日祭の際に参勤する斎女や内侍が参道と別れて内侍門にまっすぐに行く道で現在使われているかはわかり
ませんが少なくとも1000年以上前には使われていたのでしょう。 参道の両側には石燈籠が並んでいてチャッカリとその間
に入り込み鹿せんべいを食べやすい姿勢の鹿もいる。
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石燈籠には苔がついてとてもいい感じで、更に瓢箪がデザインされているのがある。秀吉の千成瓢箪とは違うけどどこかの
武将とかが寄贈したものかも知れませんね。
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しばらく歩くと二之鳥居に着いた。このあたりにも鹿が沢山いるが、人もすごく多くなってきた。
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この鳥居をくぐってしばらく行くと重要文化財に指定されている南門に着く。朱塗りの大変立派な門でこの先に本殿や廻廊
などがある。
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この日はこの門をくぐって本殿のずっと手前にあるところでお参り。春日大社はこの先に釣燈籠がたくさん吊るされている
廻廊がメインであるが、この日は結婚式が行われているようで拝観はできないとの案内で後日にした。
そして若宮神社の方にいこうと道を曲がると観光客が誰もいないタイミングで神官がおふたり歩いているタイミングで緑の
苔の燈籠と緑の木々の所を緑の服を着た神官が歩いているとても絵になる写真を撮影する事が出来た。
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後に続いて若宮神社を参拝した後に国宝殿にいく。 国宝殿の中の展示物は基本的に撮影禁止でしたが、1Fの大きな太鼓
が展示されている。これは重要文化財の複製なので撮影可能であり、屋外の舞楽演奏に使われるもので高さは6.5mもある。
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2Fの展示は刀剣が中心であり興味を引くのはすくなく早々と退散し、お昼も近くなってきたのでバスで近鉄奈良まで戻る
奈良公園の近くには東大寺の参道の所に食事ができるところがあるけど、どこも混んでい入るようなのでここまで戻った法
が沢山あると考え、ならまちエリアをブラブラ歩き入ったのは「魚いち」というお店で天丼定食を頼んだ。
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980円なのでまぁまぁだったかな? 「ならまち」エリアに戻って来たのですぐ隣は興福寺のエリアであり歩いていける
ので先に興福寺を参拝する事にした。 興福寺は平城京に遷都した時に建立されたもので国宝が多数ありじっくりと時間を
かけて拝観したりお参りしたりしたいお寺。 興福寺の境内で一番目立つのは国宝に指定されている五重の塔で資料による
と日本で2番目の高さだそうです。 斜めからの写真がいいか正面からが良いかと迷ったが手前に木の枝を入れたこれ!
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そして五重の塔の左にはこれも国宝の東金堂がある。建物自体も国宝ですが中には国宝に指定されている多くの仏像を拝観
できるが拝観料が必要。 この東金堂と国宝館がセットになっているのと東金堂だけのがあるが当然セットを。
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中には国宝の十二神将立像や文殊菩薩を拝観し特に知恵というよりボケが出ないよう文殊菩薩には多めのお賽銭でお願いを
しておく。 中は撮影禁止なのでお堂の外に出て屋根の木組みの見事な様子を撮影したりしていたが、一番のショットは
この木組みとその前の幕で幕には春日神社でも書いた鹿の絵が描かれている。
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中金堂を出て次はその正面にある東金堂。 この建物は国宝ではないが昨年秋に300年ぶりに再建されたもので、朱塗り
の建物はまだ新しく手前の植え込みなどはまだ整備の途中。
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考えてみれば五十の塔も東金堂も大昔に再建されたものですが国宝になっているので、この中金堂もあと1000年くらい経つ
と国宝になっているかも知れませんね。 写真のバランスが悪いのはできるだけ人が入らないように手前の左側に立って
いた方を避けた結果です(笑)
お堂の中にも入れるが中は新しい造りで国宝の木造の四天王立像や重要文化財の大黒天などがあり、なかなか見どころが
あるが、中門跡などからも建物が綺麗に見える事や建物が再建されたものなのか有料ゾーンでもあり中に入る人は少なく
ゆっくりと見ることができた。 次は写真がまったくありませんが興福寺の最大の見どころの国宝館。 この国宝館には
多数の国宝に指定されている仏像や絵画などが展示されているが一番の目的は阿修羅像。 かなり有名な像で3っつの顔
を持ち手も6本あり合掌している手と上げている手と横に伸ばしている手と。 ガラスケースの中でなく直にみられるのは
良かったが3面の顔をよく見るために回りを回れるような展示が欲しかったね。
そして重要文化財の南円堂は誰でもお参りでき入り口の鐘も鳴らすことができる。
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南があるなら他にもという事で北円堂に行く。 北円堂は国宝に指定されていて非公開の建物で春と秋の特定の時のみ公開
で、この日は非公開で塀の隙間から写真だけ撮影。
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そして最後は興福寺のもう一つの党の三重塔。 いちばん外れた場所にあり、五重ではなく三重なのでたいしたことはない
と思いつつ行ってみると予想より立派で説明によると北円堂と同じころの建物で興福寺の最古の建物で国宝だそうです。
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興福寺でたっぷり時間を取ってしまい歩いて東大寺まで行ったが南大門の所まで行って人が多かったし平城京に行きた
かったので写真だけ撮影して一度ホテルに戻る。
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宿泊したホテルはJR奈良駅前の日航奈良で駅と直結していてとても便利なロケ―ジョンであるし、一流のホテル。
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朝到着した時に荷物を預けて手続きだけしておいたのでスムーズにキーを受け取り部屋へ入る。 この日は帯広時代に
お世話になった方はお休みですが明日は出社との事でお会いできることを楽しみにする。
部屋で少し休憩し平城京へ向かう。 市内のバスの1日券で行けるのでバスで向かい大極殿から入り朱雀門に抜けるルート
とした。大極殿は幅が44mで高さ27mの立派な建物で2010年に再建されたものです。
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そして大極殿の前には南門の復元工事が行われていて、大きな建物の中は見られるタイミングもあるらしいが復元後の姿の
絵があり雰囲気はよくわかる。
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そして何とかして欲しいと思うのはこの世界遺産の中を鉄道が横切っています。古代の道を現代の道が分断する形になって
いて、ルートを変えるのは難しいが地下は可能性あるが掘ると遺跡なので色々出て来そうでもなかなか難しそうだ。
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そして最後は朱雀門でこれも復元されたもの。
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この平城京跡は昭和34年から発掘調査が行われていて私の人生と同じくらい長い時間がかけられているが、1000年以上前
の物を発掘復元しているのでそれなりの時間がかかるのね。

ここで失敗したのは戻りのバスの時間を調べてなく朱雀門広場にあるお土産屋さんを見ていてバスにタッチの差で乗り遅れ
てしまい、その後のバスは1時間後・・・ バスの便が沢山ある市役所まで約1km歩きやっとバスにのりホテルへ戻る。
夜にライトアップされている施設もあるらしいがかなり疲れてしまったので早めの夕食を食べてホテルで休むことにする。
夕食は駅ビルにあった「うまいものプラザ」で食べることとする。何故かというとたっぷりのサラダが500円と超お得で
そのサラダは丼ほどもあるサラダボウルに入っている。
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これをバリバリ食べて普段の野菜不足を解消し、さらに野菜も入っているチャーシュー丼をメインに食べお腹がいっぱい。
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ホテルに戻り休憩後に大浴場に行こうかと考えたがちょっと面倒でもあるし部屋の風呂も大きくてゆったりできそうなので
部屋の風呂にゆったりと使い疲れを取り、奈良の夜景はどんなものかと部屋から夜景の写真を撮影して初日は終了。
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本日の歩数は26,866歩!

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2019年2月28日 (木)

長崎ランタンフェスティバルの報告

2月の初めにランタンフェスティバルを見に長崎に出かけてきた。 いつものブログの書き方のスタイルでは時系列でまとめ
ていますが、今回はスタイルを変更しランタンフェスティバルのエリア別で、さらに昼と夜の風景という形でまとめてみた。
ランタンフェスティバルは日本三大中華街(横浜、神戸、長崎)の一つである長崎の新地中華街を中心としたお祭りで、中国
のお正月である春節に合わせて開催されるお祭りです。
新地中華街の会場を中心として、中央公園会場・唐人屋敷会場・興福寺会場・鍛冶市会場・浜んまち会場・孔子廟会場の7会場
に分かれ、それぞれの場所でパフォーマンスなどが行われているがメインのパフォーマンスは新地中華街(湊公園)、中央公園
孔子廟の3ヶ所はステージが作られている。(昼の場所=◇ 夜の場所=◆ 昼のイベント=☆ 夜のイベント=★)

◇新地中華街の昼
新地中華街は中華街自体は道幅が狭いのでアーケードのように並べられた提灯と北側の堂座川の広場と中華街の隣にある湊公園
がメインの場所。 これらの場所で撮影した写真を紹介

・中華街の通りはランタンでアーケードになっている
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・堂座川のオブジェは5mくらい?
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・堂座川の別のオブジェはドラゴンボート?
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・堂座川を横断するようにランタンが飾られているけどいまいち?
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・湊公園の入り口の門には左右に中国武士のオブジェが
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・湊公園のオブジェはレンゲや小皿でできている
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・屋根のある場所では昼でも明かりが灯る
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・ちょっと異色のオブジェはぬいぐるみのような犬?がある
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◆新地中華街の夜
夜は日が落ちて全体的に暗くなった街中でランタンの明かりを強調し、さらにオブジェも明かりが入りいい感じ。 さらに運河
にはランタンの明かりが写りこんでいていい感じになる

・堂座川に渡されたランタンが川面に写って綺麗になる
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・昼間見たオブジェも灯がともり綺麗。ちょっと「ねぷた」に似ている
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・中華街の入り口は看板のような電飾も
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・中華街の通りのランタンにも明かり灯り雰囲気が変わる
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◇浜んまち会場
ここはもともとアーケード街なので昼も夜もあまり変わらない風景。 どちらかと言えばイベントの行列が通る時に比較的近く
で見られる場所ですが、それはイベントのコーナーで

・アーケードは高くランタンと共に鳳凰の飾りがある
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・アーケードの広い場所にはオブジェがある
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・アーケードの一番人気は縁結びの「月下老人」のオブジェ。横に並んで写真が撮れるようになっていて、交代のわずかな時間で撮影
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◇中島川公園会場の昼
長崎市内を流れる川に沿った展示会場でメインはフェスティバル以外でも観光で人気の高い眼鏡橋のエリア。 昼はランタンは
飾られているが、そんなにパッとしない

・中島川公園会場には三蔵法師と孫悟空のもオブジェがあった
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・眼鏡橋はここだけの黄色いランタンで飾られているがいまいちの色合い
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◆中島川公園会場の夜
川は夜になると暗くなりさらに水面にランタンの明かりが映り込み一転して一番綺麗な場所になっていた

・手前の川沿いのランタンも川面に写り込みいい雰囲気
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・オブジェを遠目から撮影したが夜の暗さがオブジェを引き立てている
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・近くで撮影したオブジェも派手で良いね
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・眼鏡橋の黄色いランタンは他は赤で黄色はここだけなので撮影する人も多く雰囲気が違いいちばん綺麗な場所かも知れない
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◇唐人屋敷会場の昼
日本が鎖国をしていた時代にも海外との貿易は行われていて、その相手先はオランダと中国の2国で貿易のために日本に住んで
いたオランダ人は出島に居住していたのはよく知られていますが、中国人はこの唐人屋敷というエリアに住んでいました。
いまは屋敷はありませんが4っつのお堂がありランタンフェスティバル=中国の春節のお祭りという事で馴染みの深いエリア。

・唐人屋敷の入り口にはエリアを象徴する大門(唐人屋敷象徴門)があり、門自体に飾りつけはありませんが通りの両側
 にはランタンが飾りつけられています
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・観音堂の入り口には石造りの門があり、唐人屋敷時代と言われています。奥にはランタンが少し見えます
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・観音堂は少し高くなっているので階段が作られていました。入り口にはランタンがあります
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・天后堂は媽祖行列の「媽祖」様を祭る航海の安全祈願します
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◆中央公園会場の夜
まとまった場所では一番広い場所でオブジェがありステージが設置されイベントが多数行われている場所。

・大きなオブジェは一番たくさんありました
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・ステージが作られ色々なイベントが行われています(これは龍踊り)
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◆興福寺会場の夜
他の会場は歩いて移動できるエリアにありますが興福寺会場は少し離れた所にあるので行くのがかなり遅くなり夜の写真だけに
なってしまいました。 おまけに拝観時間も迫っていたので山門を撮影しましたが、提灯が飾られオブジェが飾られています。
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◇孔子廟会場の夕方
孔子廟も少し離れた場所にあり歩いていくにはちょっと遠い感じで、路面電車の大浦海岸通りか石橋駅から歩いていく。そんな
エリアなので夕方に訪れそのままグラバースカイロードを通って鍋冠山からの夜景というプランを立てた。
もう一つ、ここは有料ですが夕方からは無料開放されるのでその時間に合わせたという理由も

・入り口の門にはオブジェと共にランタンが飾られています
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・このお堂の手前がステージとなっていて色々な催しが行われます
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・孔子廟の見どころは72賢人の石像が圧巻です
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☆皇帝パレード@浜んまち会場
イベントの中でもかなり華やかで中心となるもので、お正月に皇帝・皇后が揃って街中に出かけたのを模しているそうです。

・先頭は大きな幟と神輿でスタートです
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・男性の旗を持った一団が続きます
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・その後に皇帝が神輿に乗って続きます
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・次は女性が幟を持って続きます
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・幟の後は旗を持った女性の一団が続き
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・皇后が神輿に乗って続きます(AKBの人らしい?)
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・その後にも続々と行列が続きます
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・ちょっとだけ行列の動画を撮影したのでご紹介(音で臨場感がでますね)

☆媽祖行列@唐人屋敷
媽祖さまは航海の神様であり、長崎に入港した船から唐人屋敷の天后堂などに安置するために実際に行われていたのを再現して
います。 銅鑼と太鼓は3拍子のゆっくりとしたリズムに乗って行列は進みます。

・最初は爆竹の台車の後に、銅鑼や太鼓の一団が続きます
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・次は銅鑼を持った女性に旗を持った一団が続く
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・順風耳(じゅんぷうじ)、千里眼(千里眼)に後ろに続く直庫(てっこ)は独特のメイクでちょっと怖い
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・最後はこの船に媽祖さんが乗っていらっしゃるのでしょうか?
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・唐人屋敷の後は湊公園により、そこから移動するところを動画で撮影。先頭の爆竹隊は音だけ(笑)

☆京劇@孔子廟会場
イベントの中でちょうど京劇をやっているときに撮影。 多くの人がいっぱい見ていて隙間からなんとか撮影。
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★龍踊りパレード@浜んまち会場・中央公園会場
中国の春節のお祝いと言えば龍踊りを思い浮かびますが、龍踊りの会の人たちと高校生の龍踊りパレードです。

・夜のイベントの龍踊りのパレードが浜んまちを通り中央公園に向かいます。こちらは女子高生の龍踊り
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・続いて十善寺龍踊会のパレードが続く
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・ぐるっと回って中央公園のステージに向かうところ
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・ここでも動画を撮影したので紹介。なんとなくバラバラな音が雰囲気あるっ~

なんとか2月の内にまとめを終了。 他に大きなイベントはなかった(笑)なのでこれで終了。

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2019年2月22日 (金)

長崎ランタンフェスティバルの報告

2月の初めにランタンフェスティバルを見に長崎に出かけてきた。 ランタンフェスティバル自体は沢山の写真を撮り過ぎて
まだまだ整理ができていないが、お祭り以外の部分だけ整理したので先にまとめと報告をしたいと思う。

◇Day:1(2月9日)
この日は関東地方は昼頃から雪という予報でしたが早朝の便なので大丈夫だろうと空港へ。空港につくと雪のためという事で条件付きになっていましたがまだ降り始めで大丈夫そうで搭乗口へ。
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搭乗時刻も普通であり優先搭乗が始まり機内へ入るが、そこからが長かった。 その原因は2つあり雪が降っていたので凍結防止剤を吹き付けている事だが、それは出発時刻に合わせて遅れが出ないようにちゃんと作業してくれていたが、チェックインしてから搭乗しない不届き物が2名ほどいて、搭乗したのは出発時間の10分後くらいで、このために再び凍結防止剤の散布を行っていた。
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まぁ、ここで急ぐために省略されるより安全のために時間を取ってくれるのはありがたいけど。雪混じりの雨なので離陸風景はあまり良くなさそうだけどいちおう動画撮影。

長崎便は左側に富士山が見えるはずなのでFlightRadorで位置を確認しつついちおう撮影してみたらこんな感じの真っ白の中。
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その後も雲の上を飛んでいて長崎空港の着陸するために高度を下げていくとやっと地上風景が見えるようになってきたので着陸時の動画を撮影。 長崎空港は海上空港なので唐突に風景が見えたと思うとすぐに着陸。

いつもならスポットまで撮影をするのですが、この日は撮影していなかったFDAのシルバーがいい感じで駐機していたので中断して撮影。
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空港からはバスで長崎駅まで向かい駅の観光案内所でランタンフェスティバルのパンフレットを入手してから路面電車の1日券(500円)を購入。 この後はランタンフェスティバルと観光を織り交ぜて過ごすがこの報告ではフェスティバル以外のみ。
駅前から赤迫行きに乗り平和公園で降りて山王神社に行く。 ここは原爆の遺跡が残っている神社で「一本鳥居」と呼ばれていて、その鳥居がこれ。
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爆心地に近い場所にあったこの鳥居は石造りで火災で燃えることはありませんでしたが爆風により片側の支柱と上部が半分倒壊してしまったので、倒壊した部分は近くに保存されている。
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神社の入り口には2本の大きなクスの木があり被爆当時は焼かれてそのまま枯れるかと思われたが現在ではこのように復活しこの神社のシンボルになるとともに長崎市の天然記念物に指定されている。
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本殿は原爆により完全に倒壊し再建されたものですが当時の形に再建されているそうです。
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近くには浦上天主堂がありここも爆心地に近く鐘楼の片側は破壊されて丘の上にある天主堂から崩れ落ちて遺構として残っていますが、前に長崎を訪れたときに訪問しているので今回は公園の「浦上天主堂が見える丘」からの遠望を。
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本当はもう少し上の位置に展望デッキがあるが何故か立ち入り禁止になっていたので道の少し下った位置からの撮影で少し木の枝が入り込んでしまった。
お昼近くになって来たので長崎と言えばチャンポンと思い浮かぶ通りフェスティバルのメイン会場を見つつ中華街で食べようと移動する。 しかし甘く見ていた!どこも人でいっぱいで選ぶどころではなくとりあえず入れるお店でチャンポンを食べる。
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その後はフェスティバルを眺めつつ荷物が重いので一度ホテルへチェックインして夕方まで休憩し夕方からの一番フェスティバルが映える街中に写真撮影に出る。 灯がともり始めたランタンを撮影しながらオランダ坂通りを歩き鍋冠山に向かう。
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通りから見る横の通りはかなりの急坂で長崎は坂の街だという事がわかる。 長崎は世界三大夜景とか日本三大夜景とか言われていて稲佐山からの夜景が有名ですがロープウェイで上がる必要があり街中から少し離れているし、すでに撮影しているので今回は鍋冠山の展望台へ。
路面電車の石橋駅からグラバー園の第二ゲートに向かう無料のグラバースカイロードという斜行エレベータに乗ってから垂直エレベータに乗ってまずはゲートに向かう。 そこからはグラバー園のゲートに向かわずに鍋冠山公園の矢印に沿って進む。
そこから公園までの距離にしてはかなり長い間階段やら坂道やらを進みやっとたどり着いた展望台からの夜景は稲佐山とは違いまたこちらも素晴らしいもの。 まずは湾を大きく取り入れた構図。
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そして中華街などの街中を中心とした構図はこっちで、これもまたいい!
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そして3枚目はアングルを大きき換えて稲佐山の展望台と世界産業遺産のジャイアントカンチレバークレーンのライトアップを中心にした夜景。
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かなり寒くなってきたので山を下りて街中のフェスティバルの写真を撮影してからホテルへ。
夜遅くまで寒い外で行動していたので厚くした風呂でじんわりと体をほぐし温まったところでベッドへ入るとたちまち眠り込んで朝までぐっすり。

◇Day:2(2月10日)
ひと晩あけた次の日もフェスティバル見学ですが主なイベントは午後からなので午前中はそれ以外の観光をする。 まずはホテルの部屋からフロントに降りる時に撮影した長崎駅の写真。
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終着駅なので頭端式構造で写真の右側はプラットホームで駐車場の左側は留置線のようですね。

午前は前回の長崎訪問では行けなかった居留地の遺構と産業遺産を見に行く。 目指すは女神大橋の方でありバスで行くかと考えたがどうせ路面電車たくさん乗るだろうと1日券500円を購入し石橋行の路線に乗り大浦海岸通で下車する。 もう一つ先の大浦天主堂まで乗ってもよいのだが大浦海岸通から先が単線区間となり待ちが多くなるのでこれが正解。
海岸線に沿って進むが最初は住宅街に残る居留地との境を示す石柱。 ごく普通の民家の玄関の横にひっそりと石があり、いちおう昔の物だというのがわかるようになっている。
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このエリアはグラバー園の一帯で小高い丘になっているので海岸通りには坂を下る必要があり、その坂はこの「どんどん坂」
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この坂の写真の右側に煉瓦造りの門が写っているが、それはこのマリア園という養護施設の建物で1899年と今から100年以上も前に完成した建物とは思えない立派な物。
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そして海岸線をしばらく歩いてやっと到着したのは今回の目的の一つでもある小菅修船場の跡。
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グラバー園のグラバーが作った蒸気で船を上げる装置が有名でその建物は日本最古の煉瓦造りの小屋と言われている。
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ちなみにこの写真の右側のは近年になって造られた電気仕掛けのもので、これは世界遺産ではなく蒸気で持ち上げていたのは真ん中のこっち。
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チェーンもない時代で棒をつないで引っ張りある程度上がったら棒を1本抜いてというのを繰り返しで上げていたそうです。

ひと通り見た後は帰る途中で上から撮影。 このアングルがいちばんドックの状態がよくわかるが来た時は真ん中に案内の人が真っ赤なウィンドブレーカーを着ていてちょっとな!と思っていたので帰るときに多少横によけて欲しいとお願いしてやっと撮影できたのがこの写真です。
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帰りには昨夜夜景撮影で世界遺産のジャイアントカンチレバークレーンを撮影したが、今日は昼間のを撮影。 手前のLPG運搬船も非常に大きく迫力がある。
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さらに歩き昼食は何を食べようかと考えているときにふと見ると長崎にも京浜急行が走っている?と勘違いする(笑)ようなデザインの路面電車が
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そして浜んまちアーケード街にある「トルコライス」の有名店である「ツル茶ん」に行くがお昼前なのにこの行列。
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回転が速そうだが並んでいるので向かいの居酒屋風なお店でランチ始めましたと書いてあったのでこちらを選択。
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お店は楽屋という名前で階段を上がったところで先客が待っていましたが、外ではないので待っていて頼んだのは海の近くでもあるので海鮮丼定食
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これがまた「当たり!」で税込み1000円の価格でしたがカラスミは乗っているし小鉢も美味しくて一つだけ残念だったのはエビが蒸しエビだったことくらいでしょうか。
昼食後はまたランタンフェスティバルを見学し空港に向かう前の最後に長崎大学に行く。 ここも爆心地に近く門柱が爆風で移動している。 正面から見るとそんなに違わないが、向かって右側は山の影になり爆風が直接当たらなかったのでゆがんでいない。
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そして左側は安全のために囲いがあり横から見るとこんな感じで傾いている。
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アップで撮影するとこういう風に浮いていてこの大きな石が爆風でこうなるなんて原爆の威力の大きさと、その威力が生身の人にもっと近くで浴びることになった事に言葉もでない。
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そろそろ時間なので空港に向かうために路面電車に乗ると古い車両でしたがクラリオンSPと懐かしいロゴを確認。
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トルコライスを食べなかったので空港到着後の夕食で注文。 ピラフの上のカツが載りスパゲッティが乗っているもので長崎のソウルフードとの事。
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食後は展望デッキに出て夜景を撮影してほぼ終了
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最後は搭乗口の案内を撮影してから機内へ。
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離陸や着陸の動画も撮影したがうまく撮影できなかった。 その理由の一つとして政治家のお偉いさんが前の席に乗り隣はSPという環境だったのも影響しているかも。

そしてランタンフェスティバルの報告に続く

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2019年1月30日 (水)

1月のまとめ報告

年明けの1月は色々な活動を行ったので簡単にまとめてみました。

年明けの活動と言えば初詣で、これは小さい時に住んでいた川崎大師に行くのが恒例の行事で今年も三が日が過ぎてすいているときに行った。
初詣と共に恒例行事なのは京急大師線のお正月の干支ヘッドマーク。 今年は前後でデザインが違うのが2編成あり合計すると4タイプあり、すべて写真に収めたが一つだけ紹介。
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川崎大師の初詣はいつもは平日にいくのだが今年は休みの関係で6日の日曜日にしたのでいつもよりは混んでいてこんな感じ。
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まぁ、三が日はギッシリと人が埋まっていて制限されているのに比べればましでしょうね。 そして境内の横には屋台が沢山出ているので、これも毎年恒例のあんかけ焼きそばを食べる。 新年は何故かソース焼きそばやお好み焼きではなく、ここのあんかけ焼きそばと決めている。
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帰りは済んでいた東門前駅から乗る事にしていて、東門前の下り方面は工事が行われていて、この風景もあと1ヶ月程度しか見られない。 3月に入ると東門前から先が地下化されるので工事も追い込み状態でしょう。
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この写真に写っているのに乗り川崎まで戻ろうかと考えていましたが港町で途中下車して味の素の工場の水門を写真撮影しに行くことにする。
味の素の水門というのは多摩川沿いにある味の素の工場に原料などを運び入れるのは船を使っていたことがあり、その入り口の水門がとても風格があり歴史の証人である。
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今は使われていないと思いますが門の機能は残っていそうです(もしかしたら廃棄物とか運ぶのに使っているかも) そして会社が始まった最初の水曜日は職場の新年会でかなりの大人数でしたが狭い部屋だったのであまり動かずに近くの人とだけしゃべっていた。

そしてその週末の11日からは4連休を利用して2泊3日の与那国旅行の予定でしたが諸般の事情で3泊4日となり、それなりに楽しんできましたがそれはすでに報告済みなので省略。

与那国から帰った週はなにかと仕事が忙しく週末は引っ越しの立ち合いのために土曜日も出勤して引っ越しを済ませ、その夜は高校の時の部活の新年会。
何人かは合っていましたが卒業以来初めての人もいましたが話しているうちに昔の雰囲気になるのは不思議。

そして押し迫った25日の金曜日は休日出勤の代休という事でお休みを取り秩父に出かけて来た。 秩父の氷柱というのがすごいとは聞いていましたが、今までのこの時期は仕事で北海道に長期滞在しているので見に行けなかったのですが、今年からはそれもなくなり自由な時間が出来、やっと行けることになった。 秩父は三大氷柱ともいわれている通り三ヶ所ある。 東京方面から行くと「あしがくぼの氷柱」と「三十槌の氷柱」は比較的近くで少し離れて「尾ノ内の氷柱」がある。 という事で最初に「あしがくぼの氷柱」み行く。 道の駅の無料駐車場にクルマを置き歩いて見にいくがエリアに入るには協力金300円を支払う。 氷柱自体はかなり大きいがすべて人工で作られた物。
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ここは人工と知っていたけど目的はもう一つあり、すぐ横に西武線が走っていて列車と一緒の写真が撮れるので寄ったしだいで、撮影したのはこれ。
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列車と共に撮影できるポイントという看板があるけど通過時間はなく、離れた場所にあしがくぼ駅の時刻表が貼ってあるが特急は止まらないので横棒の通過表示。 撮影ポイントの看板立てるくらいなら特急のおおよその通過時間なども書いておけばよいのに、いまいちサービスが不足しているね。
いちばん上の展望台のようなところからはそれなりの面積が氷で覆われていて迫力がありましたが、すべて人工なので・・・
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凍るのは寒い場所で持たせるにも寒くなくてはいけないので日陰の斜面で寒くなってきたし、お昼にもなってきたので移動して近くの道の駅で昼食。 この昼食場所にはたくさんの蝋梅(ロウバイ)の木があり青空をバックに黄色い花を撮影すると絵になると考え下から撮影したのがこの写真。
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真っ青な空でもよかったのですが、できるだけ近づいて開放で後ろをぼかし雲を入れてみました。 青空だけだとボケがわからないが雲を入れた事でいい感じの写真になった。

次は「三十槌の氷柱」でここは唯一天然の氷柱があるところ。 駐車場は2か所あり、一方は山の上でかなり降りてから見学し終わったら登らなくてはいけない。 もう一か所はすぐ近くで駐車料金は500円。 協力金の200円を別に払って河原におりて氷柱を撮影。
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天然のはつららが細く繊細で数も少なさそうに見えるが拡大してみるととても綺麗です。隣には人工で作られたのがあり、ほぼ同じ場所なので同じようになるかと思えば水の出し方が多く一気に作られたのか氷柱が太く下まで太かったりしてやはり天然に比べるとちょっと質が悪いかも。
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もうひとつの尾ノ内は少し離れているので「三十槌」から近い三峯神社に参拝に行くことにする。氷柱の駐車場を出て秩父湖のダム堤防を通っていくが車一台分なので信号待ちが長い。 その先もうねうねと山道を走りやっとの事で駐車場に到着。 とは言いつつワインディングロードをトルクフルな車で走るのは楽しいね。
駐車場に車を置き、少し登っていくとお店がありそこからが本当の参道になるようで、その入り口には他の神社では見られない三ツ鳥居がある。 大きな鳥居の両側に小さな鳥居が2つあり、真ん中は神様が通るところなので横の小さなところを通ればよいのか、真ん中のはじが良いのかがわからない。 とりあえず真ん中の一番端っこを通った。
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少しの上り坂を歩いていくと山門(随身門)に着く。 並木の間に朱塗りの柱の門はとても立派で華やかな雰囲気。
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門をくぐって少しの下り坂を歩いていくと巨木の間の階段の向うに拝殿が見えてくる。 歩いてきた道から上に位置させることで荘厳な雰囲気を演出しているようである。
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境内は広く山全体が神社のようで奥宮は山の山頂にあり、それ以外にもたくさんの見どころがあるが夕方で暗くなりつつあり寒くなってきたので来た道を戻り駐車場へ。 平日の夕方でもあり周りに車がいなくなっていて、奥の山をバックに車を撮影。 夕方の少し暗くなってきた時に白いボディカラーが目立っていてイイネ!
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そして1月も押し迫った今日、いつもは会社の食堂で昼食を食べるのですが今日だけはコンビニで買っていくことになっていて、いつもより一本早い電車に乗ろうと少し早く出たのがあだに。
自宅を出てから駅に着くまでの間に小田急線が事故で停止。復旧は7時45分頃との事で振り替え輸送を利用して、相模大野から大和に行き相鉄で海老名と三角形の2辺を通っていったけど、復旧したのと15分程度しか変わらなかったね。 いつもの様に出る直前に運行状況をチェックしていれば止まっているので開き直って復旧するまで自宅待機できたんですけどね。

もう一つ当て外れは、3月末の連休にどこかに旅行しようと調べていて、さぁ予約と思ったら2か月を切ったので急に値上がりしていた。
調べたときに思い切って予約してしまえばよかったと後悔していますが、場所を帰ればまだお得なのが見つかりそうなので今週中になんとかする予定。

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2019年1月27日 (日)

与那国旅行の報告(4日目):1月14日(月)

◇那覇⇒羽田のあるはずのない1日

 

ある日のない1日の始まりは窓から那覇の街中を走るモノレールの撮影から。
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撮影後に評判の高いJAL-Cityのバイキングを食べ予約はされているが航空券はもっていないので早めに空港に移動。 案内板では定刻に出るようで心配はなさそう。
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JGCカウンターも混んでいて連休の最終日なので仕方がないなと並んでいると、新品のJGCタグをぶら下げた方が「いつまで待たせるんだ!JGCなのに」と怒鳴っていましたが、そんな特権階級でもないんですけどね。 前日の那覇⇒羽田のチケットを出し事情を説明すると特に問題なく新しい那覇⇒羽田の搭乗券が発券され荷物を預けて一安心。

 

お土産を物色し時間が少しあったので展望デッキに行く。 那覇空港の展望デッキは有料でトイレもないので・・・でしたが、すでに無料化されていてその点では〇になりましたが、手前にフェンスがあり写真撮影面では×に近い。 とりあえず韓国からの飛行機を撮影してセキュリティを通り搭乗口へ。
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昼間の那覇の離陸で天気もよさそうだったのでプッシュバックから長回しで離陸の動画を撮影してみたが、東側は太陽が差し込み少し見ずらい部分がありますが、それなりに写っています。 離陸してからなかなか高度を上げないのは米軍の制限空域なのでしょうか?

しばらく行くとやっと高度を上げ真栄田岬が見えてきた。 岬の南側とその向こうの北側は浅瀬になっているのか海の色が違う。
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来る時とは違いジェット気流に乗って飛ぶので30分くらい早い時刻表通りに羽田付近に到着。 南から戻るのは旅行の時が多く夜の到着となるが、この日は昼間なので長回しで着陸の動画を撮影。

 

 

荷物をピックアップして自宅に戻ると昼を過ぎた時間で洗濯をして次の日からの仕事の供える。後日、フライトの記録を見てみるとJAL国内旅行で予約してマイルは100%貯まらないプランであったが変更されたチケットは正規扱いなのかマイルもちゃんと貯まっていた。

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与那国旅行の報告(3日目):1月13日(日)

◇与那国(ちょっと観光)⇒那覇⇒観光⇒羽田 のはず

この日は11時35分に与那国空港を出発し12時50分に那覇空港に到着。 そして市内に出てステーキを食べてから少し観光と買い物をして那覇を19時35分にでる便で羽田に戻る予定。
この11時35分出発なので11時には空港に戻らなくてはならない。 天気は昨日より良さそうなので写真も少し取れると思い早めにホテルを出て一気に回ることにする。
雲も昨日よりは良さそうなので、那覇⇒与那国⇒石垣⇒与那国⇒那覇と運用される便は心配なさそうであり、ホテル出発前にいちおう確認するとちゃんと那覇を離陸していて一安心(条件付きもなし!)

昨日の雨と曇りの天気の繰り返しで少し心残りだったところとして、立神岩・軍艦岩・西崎・東崎を考え、まずは立神岩に向かうために島の中央を南北に貫いている道で南へ走る。 途中で放牧されている黒牛が斜面で朝食中みたいな風景を撮影。
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そして南海岸に到着し立神岩の所から少し東に行ったところの展望台から撮影。
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この岩の向うの断崖の所は新川鼻でその先の海中は海中遺跡があるところであり、もし次回来ることがあればもっと時間を取って山歩きをしてみたい。 そして次は軍艦岩のある場所のサンニヌ台。
ここは岩が四角く崩れ絶景になっている。
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さらに近づいて撮影してみた。 四角形に岩が割れて崩れているのがよくわかり方状節理が崩れてこのような地形となっていると思われる。
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そして軍艦岩は昨日より明るく日が射していたけどもっと日光がないと海の綺麗さは出ないね。
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ここまで来たら西崎と東崎では東の方が近いので最初に行くことにする。 昨日は雨が強く来たけど写真などは撮影しなかったし与那国馬も風が強く下に避難していなかったようなので与那国馬がいるかな?と期待していきましたが期待通り!
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小高い丘の上で海をバックに草をはむ馬がいい感じで、雲がもっと少なく青空がもうすこし見えていたら最高の風景になっただろうに。
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灯台とのコラボもいい感じなので撮影したけど青空なら白い灯台と青空のコントラストに緑が入って与那国馬の茶色がワンポイントで良い写真が撮れそうなのだが残念。
しゃがんで撮影していると一頭の与那国馬の近くに来た。 30mmという比較的広角域での写真でこの大きさで撮影できる。
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これだけ広いのにどんどん近づいてくるのはこちらに興味がある? どんどん近づいてきて24mmの広角でやっとピントが合う範囲で顔だけ撮影できる距離まで。
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めがかわいく何となくこちらを見ている気がしていて、そのまま座っているとこんな状態になってしまった。 一眼では撮影できずコンデジを右手で持ち上げやっと撮影。
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ゆっくりと立ち上がると体を横に向け「なでて!」という感じで立っているので、まずは写真を撮影して頭をなでて体をポンポンたたいてあげるとやっと離れていったが、毛並みはパーマをかけたように揃っていて綺麗。
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空港に行く時間も近づいてきたので台湾が見えないかと西崎に行く。 島の東のはじから西のはじまで一気に移動するが、距離は12kmくらいでそんなにも時間はかからない。
昨日は人が多くて撮影しなかったが今日はだれもいなかったので与那国名産の梶木をあしらった看板を撮影。
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そして小高い丘を上がり最西端之碑を少し広角で撮影。 晴れていればこの写真でも台湾が比較的大きく映るはずですがやはり宿題となりました。
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空港には11時少し前に着くくらいの時間まで粘ってみたけどダメそうなので空港に急ぐと言っても5kmくらいなのですぐに到着。 駐車場もすいていて適当な場所にレンタカーを止めターミナルに入っていくと誰もいないしお店は閉まっていて暗いし『やば!時間間違えて飛行機間に合わなかった』と青くなるが、時間は問題なくチェックインカウンターに行くとまたしても顔が青くなる。
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えっ、ちゃんと飛んでいたし天気も悪くないのになぜ?と情報をチェックすると機材トラブルの様でその後の石垣行きも満席表示だったし船は3日に1便しかないし渡るのが困難な『渡難(どなん)』がここにきて実感する。
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台湾に行ってそこから帰った方が近そうですがパスポートはもっていないし台湾への交通手段もないし。 RACの地上係員に確認すると「キャンセル待ちをしますか?」との事でお願いすると57番。 JALのステータスを持っていても離島路線は早い者勝ちとの事ですが機材トラブルとの事で親切に相談に乗ってくれ、13時35分の便は難しいが18時40分の便まで考えると55席くらいまでは何とかなりそうな予測できっと大丈夫ですよとの話。
これに乗れると25分の乗り継ぎで那覇までは行けそう。 その場合は石垣で宿泊して次の日の石垣⇒羽田のキャンセル待ちをするか、遅くなっても那覇まで行き、那覇⇒羽田のキャンセル待ちをするかであり、便数の多い那覇まで行くことを伝え最終便に乗れた場合はそのルートでの手配をお願いすることにする。 那覇なら羽田直行でなくても福岡とか大阪とかいろいろなルートがあるし、ホテルも多いので少し安心。 しかしあと8時間、空港で何をしたら良いか確認すると航空会社でレンタカー台を持つので夕方まで観光したら?との事でレンタカーを延長して観光に出かけ事にして、思わぬ半日でまずはあきらめていた「わかなそば」を食べに行くことにする。
「わかなそば」のお店は比内集落にあり小さな集落だけどなかなか見つからない。 付近をぐるぐる回ってやっと発見! 看板がよくわからなく肉屋の方が目立っていた。
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お昼過ぎでしたが近くの畑でサトウキビの刈り取りをしていた方たちの注文が入った後で少し待たされたが出て来たのはこれで、事前の口コミ通り美味しかった。
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昨日と今日の午前中でほとんどの場所は見つくしたが時間があるのでおさらいでもう一度回ることにしてナーマ浜に行き、東崎の遠景と海を撮影。 昨日より少し明るくなっていて海の青さが戻ってきている気がする。
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空港の方に少し戻ってダンヌ浜を再訪。 昨日とは違うアングルで少し小高いところにある展望台のようなところから撮影。
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空港の西側には北牧場と馬鼻岬があり是非行ってみたいのがその道はレンタカー進入禁止になっているので、道路をほんの少し入った所にあった空き地に車を置いて歩いて向かうことにする。
しかし歩きにくく岬の突端までは難しくここも次回の宿題とし、遠くに見える北牧場だけ写真に収めた。
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次は近くのティンダハナタで崖の感じがよくわかるような写真を撮影。
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そして昨日より見通しが効くので祖内集落を上から眺めて写真を撮影。
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もう他には思いつかないので時間が変わって光の射し方が違う場所に行くしかなく立神岩展望台を撮影してみる。 海が光で白く輝いている写真を撮影する事が出来た。
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同じ場所から西崎の方を遠望して撮影してみるが、西崎は断崖絶壁の先に灯台の白さが見えるし、その手前までの海岸線も断崖であることがわかる。
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西崎を回って南牧場の中の道路を行くと、ここでも与那国馬がそこら中にいて道路を普通に歩いていて慎重に進まないといけない。
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その先の小高い丘には石造りの遺跡のような物があり、説明板によると「グデイクチデイ」という町の史跡で通行する船を監視する場所で高台から海が見渡せる。
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もう見るところがなくなり早めに空港に戻りレンタカーを返却し荷物を預け展望デッキへ。 なお、この時点では最終の石垣行きと石垣から那覇への便に乗れることが確定し、那覇のホテルも慣れているJAL-Cityの予約が確定していて一安心で、さらに翌日の那覇⇒羽田も連休の最終日で満席が多い状況で、ここではステータスが効いて早めの便のJクラスの予約が入っていて安心して向かった。
展望デッキから石垣からの便が着陸態勢に入っていて、もう確実に帰れる状況なっていた。
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そして着陸してエプロンに入ってくる機材を撮影。
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なお、今回は機材トラブルによるものであったので、昼食以降の次の日までの食事代にレンタカー台や那覇でのホテルとの往復の交通費や宿泊代もすべて航空会社持ちで現金で受け取る。
石垣での乗り継ぎは実際には25分で短く出発が少し遅れそうで、荷物の積み替えとかで大丈夫かと思ったが。与那国から石垣の同じ飛行機で那覇に行くので全く心配はないという事で席も同じ。
時間になり優先搭乗が始まり先頭でエプロンを歩き飛行機に向かうとき、空が青くなっていていい雰囲気だったので写真を1枚撮影。
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そしてタイムテーブルでは30分のフライトで石垣空港に到着するが離陸して上昇したかと思うとすぐに着陸態勢に入るのでシートベルトサインは点灯のまま。 石垣空港ではそのまま乗っていればよいかと思っていましたが、一度降りなくてはいけないようなので歩いてターミナルに入り、トイレを済ませるとすぐに搭乗で歩いて機材へ行く。 今回は正面からの写真。
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そして搭乗口の近くにはRACのキャンペーンロゴのステッカーがあり階段を登る前に撮影。
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機内ではキャビンアテンダントさんも同じ方で「おかえりなさい!」とあいさつされ小型機の特色をよく表している。 石垣から那覇までは1時間程度のフライトタイムでここでは機内サービスもありゆったりとした時間を過ごし那覇に到着。 荷物を受け取ってホテルにチェックインして窓から夜景を撮影。
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◇与那国(ちょっと観光)⇒那覇⇒観光⇒羽田 のはずが
◇与那国(たっぷり観光)⇒石垣⇒那覇⇒宿泊 になった1日だった

あるはずのなかった4日目に続く

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2019年1月26日 (土)

与那国旅行の報告(2日目):1月12日(土)

◇那覇⇒与那国~観光:滞在(泊)
この日は那覇を7時20分に出発するRACに乗って与那国に行き、夜まで観光して宿泊し次の日の昼の便で那覇に戻ってくる日程。 空港で朝ご飯を食べるためにホテルは6時には出て空港に移動するのでホテルの朝食バイキングは食べられないと前日に伝えておいたらランチBOXにしてくれた。
滑走路が見える場所でランチBOXを食べようと行くと、目の前にウルトラマンジェットがいたのでなんとか撮影したが前の方は影になっているのでこれが精いっぱい。
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RACの離島路線はプロペラ機であり歩いて搭乗なので少し早めに搭乗口に行く。 それは与那国路線は条件付きの運行で、「視界不良で石垣又は宮古に向かうことがあります」との事で、係員に状況を確認するのもあり、聞いてみると雲が厚く通常の空港なら問題ないけど与那国は滑走路の長さが短いので条件が厳し目になっているとの事。
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優先搭乗と言ってもバスに最初に乗れるだけで飛行機には後に乗った人の方がドアに近いので最初に乗れるけど前側のドアから降りたので乗っていく飛行機の後ろ半分を撮影。
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離陸して少しの間は地上の風景が雲の間から見えていましたが、しばらく飛行するとびっしりと厚い雲に覆われ見えなくなり与那国到着できるかが心配となる。
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しばらくすると機長のアナウンスがあり着陸はできるとの事で一安心し、1名だけ乗務しているキャビンアテンダントさんと色々お話ししているうちに到着間近のアナウンスが入り、着陸するまでの動画を長回しで撮影。

与那国空港に無事に着陸しこの空港はバス移動ではなく自分で歩いてターミナルに行くので、エプロン側からの与那国空港ターミナルを撮影。
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預入荷物を受け取ったあとに空港内にある米浜レンタカーでレンタカーをピックアップ。 空港前の駐車場に置いてあるとの事で支払いを済ませる。 返却は同じように空港駐車場に置いて鍵を戻すが不在の時はこの籠に入れておいてねといたっておおざっぱ。 と言っても狭い島で道も多くないので探せば見つかるし島の人間の数や出はいりは基本的に飛行機なので良いのでしょう。
明日は11時35分発の飛行機で那覇に戻るのであまり観光はできないと考え今日中に主だったところは回ろうと考える。 時計回りに回って最後に西崎(いりざき)で夕日を見る計画をして三脚までもってきたけど夕日は望めないので単純に見たい順番に回ることにする。
最初はダンヌ浜。 トイレの建物の丸い出入り口から見た写真が有名ですが浜辺自体も丸い砂浜が広がっています。
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次は「久部良バリ」。 久部良という集落の近くの海に近いところにある岩場の割れ目=バリ。 そのバリを横から撮影した写真で実は悲しい伝説の場所で祠もあります。 昔、人の数を減らすために妊娠するとこの割れ目を飛びこさせ、飛び越えられた人だけが子供を持てたという伝説が作られた場所です。
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そして東の納沙布岬、北の宗谷岬、南の波照間島はクリアしていて最後の西の与那国島の西崎(いりざき)に到達。 西は太陽が入るという事で読み方は「いりざき」となります。
そこにあった碑には「日本国最西端之地」と書かれています。 本当はこの岬からは台湾が見えるとの事ですが、この日は曇っていて無理でした。
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西崎・久部良付近ではもっと撮影したんだけど諸般の事情で撮影しなおしたこともあり後で紹介。天気に関係ない場所であり、与那国島に来た目的の一つである「Drコトー診療所」の舞台となったセットのある比川集落に。 コトー先生の診療所のセットがそのまま残っていて遠目にはこういう感じ。
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玄関まで近寄って撮影すると「志木那島診療所」の木製看板はそのまま
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協力金を払って中に入りコトー先生の診察室を撮影する。 机は懐かしきグレーの進駐軍仕様。
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別の部屋にはコトー先生の自転車と旗もあった。
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屋上にも上がれるようになっていて、比川浜の方を望む写真を撮影。 入院の病室からも同じような風景が見られ、ここが本当の診療所で入院したら早く良くなりそう。
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東に向かって車を進めると「インビ岳」というのがNAVIにあり、展望台あたりから登れるかと行ってみるとまったく山に向かう道はなく山に登れないが展望力は遠望できたので写真を撮影。
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次は海底遺跡が見えるかも知れない新川鼻を目指すが、道がすべて通行止めで歩いても行けそうにもないのであきらめ。ちなみによく地名である「鼻」は岬の意味ですね。その先にある立神岩は駐車場がありそこから歩いて2分ほどで崖下の凄い絶景と岩を眺めることができる。
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与那国は周りが断崖の島で岸壁の場所が多く、次の目的地の軍艦岩でも崖の上から眺めるが軍艦と言うより潜水艦が浮上した直後のよう。
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そしてこの崖の場所も崩落があちこちにあい四角く割れて階段のようになっていて、海の中にある海中遺跡も四角い構造物があり、人工か自然かという話題ですがここの崩れ方をみると自然にできたのではないかと推測しますね。
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いちおう東崎(あがりざき)も行きましたが写真は省略し、道路のあちこちにいる与那国馬の面白い動画だけ紹介。 なぜか公衆便所の中に入っていく与那国馬が何頭かいて、ここで用を足していて馬が入って来たらびっくりするでしょうね。 道路に落とし物が沢山あるので用を足しに入るわけではなさそうです(笑)

その次は祖内集落にある浦野墓地群の所を通り1億円の墓に。 突然、凱旋門のような構築物が現れその奥に建物が見え建築費が1億円かかったという噂のお墓で門はあいていたが私有地なので中に入らない方が良いと考え外から撮影。
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そして近くににある四畳半ビーチに寄る。 本当に四畳半くらいの砂浜があるビーチですが、最近のニュースでも報道されている通りでペットボトルなどのプラスチックごみが打ち寄せられていて考えさせられる。
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祖内集落の山側にある崖が面白い形だったので行ってみるとティンダハナという岩場で散策コースがあり、少しだけ歩いてみる。 この岩場からは水が沢山流れていて昔はここが集落の取水場だったらしい。
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夕陽は駄目だと思うが念のため西崎の方にいってみる。 その途中にヘミングウェイの小説の「老人と海」と同じタイトルで与那国で梶木を追いかける映画があり、それの舟などが展示されている。
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与那国は梶木マグロが名産で夕食で食べられたら良いと期待しつつ岬に向かう途中に金毘羅様があり明日の天気回復をお願いして岬に行くが夕日は宿題としつつホテルに戻る。
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ホテルに戻り夕食に出かけるかと考えたがホテルの食堂でもそこそこ食べられそうなので探す手間もないので迷わず入る。 注文したなかの一つがこの梶木刺身。
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800円ですが、かなり量があり満足! そして麩チャンプルを頼み、これも出汁がよく効いていて美味しかった。
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アオサの天ぷらと与那国ソバを追加で頼みお腹はパンパン!部屋に戻り風呂に入って就寝。

3日目へ続く

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与那国旅行の報告(1日目):1月11日(金)

この前、やっと昨年末の熊本旅行のまとめをし引き続き1月の与那国旅行のまとめをします。今日は外は寒く食材は買い込んであるので自宅で一気に作業です。

◇羽田⇒那覇:滞在(泊)
初日は移動と那覇市内を少し観光して次の日の朝早い与那国便に乗るのが目的で、那覇市内は何回か観光しているので欲張らずに前に来たところを少しだけ見る事にする。
まずは荷物を宿泊のJAL-Cityに預け国際通りから進める。 雨があがった直後で湿度が高くとても蒸し暑い。
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お昼も過ぎていてお腹が空いていたのですぐ近くの牧志公設市場に行く。 いつものように豚足から顔まで売られていてすこしグロ?
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公設市場の2Fは食堂がいくつかあり、昼の時間をすぎていたのですいていて明日からは与那国でマグロは食べられるとは思うがお店も少ないとの話なのでマグロ丼を食す。
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海ブドウが乗っているのは沖縄らしいがレモンが乗っているのは初めてかもしれない。 食後は腹ごなしも兼ねて壺屋やちむん通を目指す。国際通りからやちむん通りに行くと優に公園があり、そこに「那覇大綱曳」の綱が展示してあったので少し寄り道。
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2本の大繩の先端が丸くなっていて、そこを絡めて棒を通し両側から引き合う綱引きはギネス認定されています。 やちむん通りの入り口には「壺屋うふシーサー」の巨大な焼き物が那覇の町を守っています。
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通りはいままでに何回か来ていますが焼き物には知見がありませんが焼き物を見てブラブラしているだけでしたが、ここに登り窯が2つあることを知ったのでそれを見るために来ました。
一つは「南ヌ釜(フェーヌカマ)」で喫茶店の店舗の奥にあり駐車場の方からも近くまで行ってみることができます。
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斜面を利用した登り窯がしっかりと残っています。 もう一つは「東ヌ釜(アガリヌカマ)」で、こちらは新垣家というお宅にあるようで、ちょうど補修工事をしていて近くには寄れなかったので塀の上から写真だけ撮影してみました。
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今回は次の日に那覇空港から旅立つので24時間有効なゆいレールの24時間券を購入してあったのでモノレールの駅に行くと、京浜急行が来たのでその行先の首里まで乗る。
そして首里駅で京浜急行が出発したところを撮影。
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京急は地方のあちこにでラッピング列車を運行しているようです。 せっかく首里まできたので首里城に立ち寄るが正殿は何回か行ったことがあるので裏側を歩くと「継世門」があり、そこの説明によると城内への生活物資を運び入れる門であったとの事で勝手口のような意味合いでしょうか。
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ゆいレールの24時間券があるのでバスターミナルが変わったらしいので行ってみる。 那覇のバスターミナルは昔の鉄道駅の跡地で鉄の遺跡でしたが立派なビルに変貌を遂げていた。
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昔の写真を探してみたら駅の雰囲気が残るバスターミナルで、これだけの広さをこのまま使うのはもったいなく複合ビルになるのは仕方がないかな。
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明日は早い時間の飛行機で6時にはホテルを出なければなならないので、市場通りで沖縄風の定食を夕食にして早めにホテルに戻る。
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部屋に入り窓から国際通りと那覇の街の夜景を撮影して早めに就寝。
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2日目に続く

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